夏のヴァカンス⑤〜ポンペイ遺跡その2〜
ポンペイは2000年前から商業が盛んで、他国との貿易はもちろん、ポンペイの街の中にもたくさんの商店がありました。
今回はその辺を紹介したいと思います。
まず、商店の入り口にはちゃんとそのお店が何のお店かわかるように標識がありました。奇跡的に残った2つの標識をご紹介。
一つ目は二人の人が甕を運んでいる標識。
ワインやオリーブオイルでも運ぶ運送屋さんかと思いきや、これなんと尿を運んでるらしいです。
下水設備が整っていないから〜ではなくて、この尿を利用して洗濯をしていたとのことです。尿に含まれるアンモニアが選択に適していたようです。選択方法は尿につけた衣類を足で踏んでいたそうで、ちょっと想像したくない感じですね。
次は見にくいけどフォークのようなスプーンのような何かの道具のような。。。
これは左官屋さんみたいです。ロマンを残してくれた人たちですね。感謝です。
次は魚市場。
周りは野菜とか売っていて、真ん中のサークルになっているところで魚を売っていたらしいです。
なんでそんなことわかるんやっ!って感じですが、ここからたくさんの魚の鱗が発掘されたそうです。市場で流通するほどの魚がこの時代に売買されていたと思うと、やっぱローマ帝国すごいですね。
そして次は、おおおおおおおーーーーこの時代から!!!っていうやつ。
そう、これピザ窯!
この時代にピサが焼かれていたかは分かりませんが、まぁピザ窯というようり、これでパンを焼いていたそうです。ピザ文化は既にこの時代から始まっていたんだなと感心しました。
お次はバール。カウンター文化既にありました!
ポンペイでは家で料理をする習慣がなく、キッチンがある家は少なかったようです。その代わりこのバール、至るところにありました。今と同じく当時もバールが賑わっていたなんて想像すると素敵ですよね。
2000年も前から今と同じ文化があること、2000年もこの文化が守られてきたこと、ほんと浪漫の塊。
今回はこの辺で〜。